体操と裁判

体操経験のある弁護士が、裁判になった事案の検討を通じて、体操指導者の注意義務について考えるブログです。

⑫高校生が、部活動で、平行棒の後方抱え込み二回宙返り下りの練習中、傷害を負った事案(責任肯定)

⑫大阪地判平成22年9月3日(判時2102号87頁)

 

1.事案の概要

 平成17年5月24日、高校2年生だったXは、部活動で、平行棒の後方抱え込み二回宙返り下りの練習時に、前方に飛び出す形で前のめりに足から着地し、前方に倒れて体育館の床に前頭部を強打し、頸髄損傷の傷害を負った。

 裁判所は、失敗した場合、身体が前方方向に支柱を超えて飛び出すことも十分に想定し得るところ、前方方向の広い範囲にわたってマットを敷いて危険を防止すべき注意義務があったが、これを怠ったとして、顧問Aの過失を肯定した(なお、当該高校は市立高校で、損害賠償責任を負ったのはY市のみ)。 

 また、裁判所は、高校生Xの過失を認めず、過失相殺をしなかった。

  

2.事実の概要

 ⑴ B高校体操部の状況

  • 部員数約15名。
  • 練習は1種目週2回、午後4時から午後7時まで。
  • ピットなし。
  • 顧問Aは体操競技経験なし。指導方法について民間の体操クラブの練習方法等を参考に独学で学んだ。
  • 平行棒でC難度の技を一から指導した経験なし。
  • 練習への立会いは週2、3回、各1時間程度。 
  • 部員が新しい技を実施する際には報告させていた。

 

⑵ 高校生Xの事情

  • 中学時代にも体操部に所属。事故時までに体操歴約3年。
  • 平成16年(1年生時)11月の新人大会の平行棒の演技では、後方抱え込み一回宙返り下りを実施。
  • 後方抱え込み一回宙返り下り半分ひねりの練習は行っていた。
  • 平成17年3月と同月中旬のピットのある外部練習時、平行棒の後方抱え込み二回宙返り下りを練習せず。
  • 平成17年4月中旬、C高校のピットで練習。1回半程度回転し後頭部から着地する状態。
  • 平成17年4月末ころ、春季大会の一部男子個人平行棒に出場(45人中43位)。規定演技の大会であったため、本件技は実施せず。
  • B高校での練習時には、箱の上にマットを載せ、その上に着地したり、背中から着地して後転する方法で練習。
  • 平成17年5月24日の事故発生まで、競技と同じ状況で試技を行ったことはなかった。 

 

⑶ 事故時の状況

  • 平成17年5月24日、B高校は中間考査期間中。大会が迫っていたため、参加予定の部員は、中間考査終了後、午後3時まで自主練習を行う予定だった。
  • 高校生Xは、午後2時ころ、B高校体育館で平行棒の後方二回宙返り下りを実施。
  • 平行棒の左側(着地方向)には、セーフティーマット2枚を一部重ねて配置。1枚は縦3m、横2m、高さ30cm、もう1枚は縦3m、横2m、高さ15cm。セーフティーマットは、平行棒の支柱から30~40cm出ている状態。
  • 顧問Aは、平行棒の中央横、マット上で補助。
  • 1回目、成功。顧問Aはマット上で着地を補助。
  • 2回目、倒立時に体が背中方向に傾き両手が前方に動いた。
  • 顧問A、「試合ではよくあることだからいけ」と声をかけた。
  • 高校生X、姿勢を立て直し、試技を続行。
  • 倒立からスイングに入った直後から肩が前方に出て、体が空中上方に浮かず、前方に飛び出す。
  • 前のめりの態勢で足から着地。マット上で静止することができず、前方に倒れ、体育館の床で前頭部を強打。
  • 頸髄損傷の障害を負った。

 

3.過失の有無

⑴ 顧問Aの注意義務

 部活動の顧問は、部員の安全を確保するための十分な事前措置、指導をなすべき義務を負っている。

 平行棒の演技は、高度の危険性を内在する。

 顧問Aは、当該生徒の技量、技の習熟度、失敗の可能性や危険性等を考慮して、仮に演技が成功しなくとも、最低限体の強打等による障害や後遺障害を負うことがないよう、十分な補助態勢やマット等の設備を整えた上で、自らの指導の下で演技を行わせるべき注意義務を負っている。

 

⑵ 前に飛び出す危険性を予想できたか(予見可能性

  •  平行棒の着地技において、前方へ飛び出すことは必ずしも稀な事態ではない。
  • 競技時や設備が整っている高校では、前後の十分な範囲にマット等が設置されている。
  • スイング後の回転不足や姿勢、突き手の失敗によっては回転力が前方への推進力となることも十分にあり得る。

→本件技を失敗した場合、演技者の身体が前方方向に支柱を超えて飛び出すことも十分想定し得る。

→顧問Aも危険性を予想できた。

 

⑶ 義務違反の有無

  • 高校生Xは一旦バランスを崩しかけたが、立て直し、自ら本件技を実施しており、顧問Aに試技を中止させるべき義務なし。
  • 高校生Xが本件技を開始した段階で試技を中止させることは困難(結果を回避できない)。試技開始後の対応について、顧問Aに注意義務違反なし。
  • 顧問Aは平行棒の中心付近で補助に備えていたが、身体が飛び出した場合に補助者が受け止めることは困難。高校生Xの技量、習熟度に照らし、身体の落下(の可能性)が予想される前方方向の広い範囲にマットを敷き、着地の失敗による身体の打撲等を防止すべき注意義務を負っていた。

→セーフティーマットは支柱から30~40cmのみ出ている状態で、安全確保のためには不十分。

→顧問Aに過失あり。

 

4.過失相殺(高校生Xの過失)

  • 新たな技の習得過程での失敗、それに伴う危険性は当然想定される。
  • 顧問Aは、高校生Xの習熟度等を考慮して、試技の失敗等も想定した上で安全な環境を整備すべき注意義務を負っていた。

→高校生Xが、本件技の危険性を認識していたからといって、過失として損害額を減額する根拠とすることは相当でない。

 

5.コメント

 判断枠組みは部活動中の他の裁判例とほぼ同じで、危険を防止するための事前措置が十分でなかったとして、顧問Aに過失が認められた。

 

 急ぎすぎだとは思うが、一応段階を踏んでいる。

 また、それまで箱の上に置いたマット上で着地できていたのだから、前方に飛び出す形の失敗はあまりなかったのだと思う。

 とすると、「前方にマットを敷く」指示を出すことは若干酷かもしれないが、失敗例としては十分あり得ることなので、本件の習熟段階では過失が認められたことはやむを得ないだろう。

 

 高校生Xに過失が認められなかった点は、裁判所の判示する理由自体に異論はない。

 本件では、高校2年生で、ある程度段階を追って練習を積んできたX自身の判断で実施したことから、過失ありとされてもおかしくなかったと思うが、(判示されてはいないものの、)「試合ではよくあることだからいけ」という顧問Aの声が(価値判断として)考慮されたようにと思う。

⑪高校生が、部活動紹介で、マット運動のロンダート~バク転~バク転の演技中、傷害を負った事案(責任肯定)

⑪福岡地小倉支部判平成17年6月28日(D1-LAW 判例ID 28131252)

1.事案の概要
 平成12年10月28日、県立A高校の2年生Xは、男子新体操部の活動紹介の一環として、体育館のステージ上でロンダート~バク転~バク転を実施した際、ステージ上の演台に頭頸部を強打し、環軸椎脱臼骨折、頸髄損傷の傷害を負った。
 裁判所は、指導教諭の過失を認めつつ、高校生Xにも過失があるとして5割の過失相殺をした上で、Y県に対する損害賠償請求を認めた。

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⑩高校生が、授業中、マット運動のロンダート~バク転~バク転の練習中、傷害を負った事案(責任肯定)

⑩札幌地判平成13年5月25日(判タ1114号173頁)

 

1.事案の概要
 平成8年5月24日、公立高校2年生のXは、体育の授業中、ロンダート~バク転~バク転を実施した際、セーフティーマットに後頭部から落下し、頸髄損傷の傷害を負った。

 裁判所は、Y教諭の過失を認めつつ、高校生Xにも過失があるとして4割の過失相殺をした上で、北海道に対する損害賠償請求を認めた。

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⑨高校生が、部活動で、跳馬の前方抱え込み宙返りの練習により、傷害を負った事案(責任肯定)

⑨横浜地判平成9年3月31日(判時1631号109頁)

 

1.事案の概要

 昭和62年11月15日、高校1年生であったXは、部活動で、跳馬の前転跳び前方抱込み宙返りの練習時に、回転途中でマットに頭から落下し、頸髄損傷等の傷害を負った。

 裁判所は、日頃練習に立ち会い、高校生Xの習熟度を把握しておくことはもとより、頭部から落下する危険があることを指摘し、事故防止のため、回転を途中で止めたり、体を抱え込む姿勢を崩したりしないよう指導する義務があったが、これを怠ったとして、顧問Aの過失を肯定した。

(なお、当該高校は県立高校で、損害賠償責任を負ったのはY県のみ)。 

 他方で裁判所は、高校生Xにも過失があるとし、40%の減額を認めた。

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⑧高校生が、部活動で、ロイター板を使用した前方宙返りの練習により、傷害を負った事案(責任肯定)

⑧鹿児島地判平成9年1月27日(判例地方自治168号71頁)

 

1.事案の概要

 平成元年1月14日、高校1年生であったXは、部活動で、ロイター板を用いた前方宙返りの練習時に、回転しすぎマットに頭から落下し、頚椎骨折等の傷害を負った。

 裁判所は、初心者が危険性に思い至らず、興味本位で上記練習に加わる可能性があることを予見できたにもかかわらず回避措置をとらなかったことをもって、顧問Aの過失を肯定した。

(なお、当該高校は県立高校で、損害賠償責任を負ったのはY県のみ)。 

 他方で裁判所は、Xにも過失があるとし、75%の減額を認めた。

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⑦高校生が、部活動で、ミニトランポリンの前方二回宙返りの練習により、傷害を負った事案(責任肯定)

⑦浦和地判平成3年12月13日(判時1435号109頁)

 東京高判平成7年2月28日(判タ890号226頁)

 

1.事案の概要

 昭和60年7月20日、高校2年生であったXは、部活動で、ミニトランポリンを用いた前方二回宙返りの練習時に、開くタイミングが早すぎマットに頭から落下し、頚椎脱臼等の傷害を負った。

 裁判所は、(一審、二審とも、)当該体操部の状況からして、部員が危険性の高い技の練習を試み、重大な傷害事故が発生する危険性があることを予見できたにもかかわらず回避措置をとらなかったことをもって、顧問Aの過失を肯定した。

(なお、当該高校は県立高校で、損害賠償責任を負ったのはY県のみ)。 

 他方で裁判所は、Xにも過失があるとし、一審は6割、二審は4割の減額を認めた。

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⑥中学生が、スポーツクラブで、鉄棒のトカチェフの練習により、傷害を負った事案(責任肯定)

⑥東京地判平成3年10月18日(判時1406号51頁)

 

1.事案の概要

 昭和62年10月17日、中学1年生のXは、所属する体操クラブで、指導者Yの補助の下、鉄棒のトカチェフ(背面開脚後ろ飛び越し)の練習時に、大腿部を鉄棒のバーに接触させ、鉄棒直下に後頭部から落下し、頚椎脱臼等の傷害を負った。

 裁判所は、

①当日のXの疲労状況(トカチェフの練習を実施したこと)や、

②指導者Yの練習指導方法(中学生Xの実力に合わせた段階的練習)に問題はないとしつつ、

③指導者Yが必要な補助措置を行ったとして、指導者Yの過失を肯定した。 

 他方で裁判所は、有力選手である中学生Xが自発的に練習を行ったこと(危険の引き受け)から、過失相殺に準じ2割の減額を認めた。

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