⑧高校生が、部活動で、ロイター板を使用した前方宙返りの練習により、傷害を負った事案(責任肯定)
⑧鹿児島地判平成9年1月27日(判例地方自治168号71頁)
1.事案の概要
平成元年1月14日、高校1年生であったXは、部活動で、ロイター板を用いた前方宙返りの練習時に、回転しすぎマットに頭から落下し、頚椎骨折等の傷害を負った。
裁判所は、初心者が危険性に思い至らず、興味本位で上記練習に加わる可能性があることを予見できたにもかかわらず回避措置をとらなかったことをもって、顧問Aの過失を肯定した。
(なお、当該高校は県立高校で、損害賠償責任を負ったのはY県のみ)。
他方で裁判所は、Xにも過失があるとし、75%の減額を認めた。
2.事実の概要
⑴ 体操部の状況
- 2年生部員7名、1年生部員6名。
- 高校時代に体操部に所属していたA顧問が練習計画を策定。練習に立ち会うことができたのは4割程度。
- マット運動の練習方法。柔軟をした後、前転系→後転系→倒立系→転回系の順に、上級生→下級生、技能の上位者→下位者の順に一列になって同じ技を練習。できない技は見学するか、技能の上位者又は顧問から指導を受けて練習。
⑵ 高校生Xの事情
- 昭和63年10月、体操部入部。
- 事故当時、入部後約3か月の初心者。
- ロイター板を使用しない前方宙返りを補助者なしで実施できたが、どうにか足の裏で着地できる程度だった。
⑶ 事故に至る経緯
- 事故当日は土曜日。
- 通常、土曜日の練習は午後2時から5時ころまで。
- 事故当日は2年生を対象とした試験が予定されていたため、練習開始は午後4時からとされ、1年生部員は、それまでマットを準備し、準備運動をして自分のできる範囲で軽く流しておくこととされた。
⑷ 事故時の状況
- 平成元年1月14日午後2時45分ころ、高校生Xが体育館に到着した時点で、他の1年生部員4名がロイター板を使用した前方宙返りの練習を行っていた。なお、当該練習は正規の練習計画に含まれていなかった。
- 高校生Xは、順を追った練習をせず、いきなり前方宙返りの練習に加わった。
- 1回目の実施では、回転しすぎて顔がマットに付きそうになって手をついたため、他の1年生部員から「抱え込みすぎる」と注意を受けた。
- 2回目の実施時、回転しすぎ、手をつかないまま、足と同時くらいに前額部からマットに落下し、頚椎骨折の傷害を負った。
3.過失の有無
⑴ A顧問は事故の発生を予見(予想)することができたか
A顧問は、
- 初心者が興味本位でロイター板を使用した練習をする場合がありうること、
- 好奇心旺盛な年頃で、すでに補助者なしで前方宙返りを実施できた高校生Xが、危険性に思い至らず、興味本位でロイター板を使用した練習に加わる可能性があること、
を予見することができた。
⑵ A顧問の注意義務
高校生Xの技量を知っていたA顧問は、
- ロイター板を使用した前方宙返りの練習を行う場合には、A顧問や上級生の立会指導の下に行い、
- 立会指導がない場合には同練習を行わないようあらかじめ指導監督し、
同練習に伴う危険を回避すべき注意義務を負っていた。
→A顧問にはこの注意義務を怠った過失がある。
4.過失相殺(高校生Xの過失)
次の事情から、高校生Xに75%の過失がある。
- 事故当日の練習は1年生部員のみで行われ、正規の練習に含まれていなかったロイター板を使用した前方宙返りを、興味本位で行っていたこと
- 遅れて練習に参加した高校生Xは、順を追った練習メニュ-に従わず、いきなりロイター板を使用した前方宙返りの練習に参加したこと
- 高校生Xが、その技量からすると危険性を伴う練習に漫然と加わったこと
- 高校生Xは1回目の実施時に回転しすぎ、注意も受けていたこと
- 高校生Xは、事故時に15歳11か月であり、自らの判断で事故から身を守ることができたこと
5.コメント
本件は、判断枠組みは他の裁判例と同じで、危険を回避する措置が十分でなかったとして、A顧問に過失が認められた。
(年齢、技量などに照らし、)判断能力が十分でない者に対しては、指導者に広範な注意義務が認められることに注意が必要だろう。