体操と裁判

体操経験のある弁護士が、裁判になった事案の検討を通じて、体操指導者の注意義務について考えるブログです。

⑪高校生が、部活動紹介で、マット運動のロンダート~バク転~バク転の演技中、傷害を負った事案(責任肯定)

⑪福岡地小倉支部判平成17年6月28日(D1-LAW 判例ID 28131252)

1.事案の概要
 平成12年10月28日、県立A高校の2年生Xは、男子新体操部の活動紹介の一環として、体育館のステージ上でロンダート~バク転~バク転を実施した際、ステージ上の演台に頭頸部を強打し、環軸椎脱臼骨折、頸髄損傷の傷害を負った。
 裁判所は、指導教諭の過失を認めつつ、高校生Xにも過失があるとして5割の過失相殺をした上で、Y県に対する損害賠償請求を認めた。

 


2.事実の概要
⑴ 新体操部の状況

  • 2年生はキャプテンとX、1年生は3名の計5名が所属。そのほとんどが中学時代には体操ないし新体操の経験がなかった。
  • 普段は、競技用のフロア(14.6m四方、うち演技区域13m四方、厚さ約12cm)のある専用練習場で練習。

 

⑵ 高校生Xの事情

  • 高校入学後に新体操を開始。
  • 2年生になった平成12年5月、7月、9月に、新体操部の一員として大会に出場。
  • ロンダート~バク転~バク転を習得していたが、助走の距離が長くなりがちで、7~9歩助走し、競技用フロアの対角線の中央付近でロンダートを開始したりしていたため、指導教諭に度々指摘、指導を受けていたが、あまり改善していなかった。


⑶ 事故までの経緯

  • A高校では、中学生及びその保護者を対象とした学校紹介行事を行い、生徒は、体育館(新体操部の練習場とは別の施設)のステージ上で、30秒以内で活動内容を紹介していた。
  • 新体操部は、平成8年から10年にはステージ上で、平成11年にはステージ上ではなく床面に、弾力性のない体育用マットを敷いて演技をした。
  • 平成12年10月23日、新体操部員5名は、平成12年の活動紹介の内容を自ら決め、高校生Xと1年生Bがロンダート~バク転~バク転、キャプテンと1年生1名がロンダート~バク宙1回を行い、1年生1名が司会を務めることにした。
  • 同日、演技者4名は、新体操部の専用練習場に体育用マットを敷いて練習をしたが、高校生Xは、ロンダートから1回目のバク転を終えた時点でマットの端ぎりぎりに着地した。
  • 新体操部員は、同月27日ころにも再度競技用マットで練習をし本番に備えた。

 

⑷ 各人の事前認識等

 ア 新体操部員ら

  • ステージ上で演技を行うことを知らなかった。
  • 指導教諭に具体的な演技内容を説明していなかった。

 

 イ 指導教諭

  • 演技をステージ上で行うことを知っていたが、そのことを部員に説明していなかった。
  • 大会で審判を務めるため活動紹介に立ち会えないことになっていたが、当日のステージの状況やマットの状態等を確認したり、部員に対して当日行う予定のタンブリングの具体的な内容を確認したりはしなかった。
  • 新体操部員らがロンダート~バク転~バク転をすることを予想していたが、過去にステージ上で演技が実施された際には後方から見学していたため、ステージが狭かったという印象がなく、その危険性も認識していなかった。


⑸ 事故時の状況

  • 平成12年10月28日、新体操部員は、活動紹介の当日になり、ステージ上で演技を行うことを知った。
  • ステージ上には、中央に、長さ6m、幅1.5mの体育用マット2枚が(直列ではなく)平行に並べられた。
  • マットから約2m開けて、片側にピアノ、片側に演台が置かれていた。
  • 活動紹介が始まり、1年生Bは、ステージの横幅が狭いと感じ、バク転の回数を予定より減らし、ロンダートに続くバク転を1回しか行わなかった。
  • 次いで、高校生Xが演技を開始。
  • 助走からマットの半分に至る付近に手をついてロンダートに入ったが、1回目のバク転でマットの右端からはみ出して着地。
  • 2回目のバク転をしようと飛び上がった際、ステージ脇の演台に頸部及び後頭部を打ち付け、環軸椎脱臼骨折、頸髄損傷の傷害を負った。


3.注意義務
 裁判所は、

  • 長さ6mの体育用マットとその左右各2m、計10mという幅は、ロンダート~バク転~バク転を行うには狭すぎたとまではいえないとしても、少なくとも高校生Xにとっては狭すぎたことは明らかであり、
  • 指導教諭は、高校生Xの技能、ステージ上で演技を行うことが初めてであることを知っており、ロンダート~バク転~バク転があることを予測していたのであるから、
  • 顧問として、演技をステージ上で行うのを避けるか、演目を変えるなどの措置を講ずべき指導上の注意義務があった

として、指導教諭に当該義務に違反した過失があるとした。


4.過失相殺
 他方、裁判所は、次の事情から高校生Xにも過失があるとして、5割の過失相殺を認めた。

  • 各種大会に出場しており、自分の技能を十分認識していた。
  • 本番前に、体育用マットを使って演技の練習をしていた。

→高校2年生の判断能力をもってすれば、自分の技能に照らしてステージが狭すぎると判断し、演目を変えることも可能であったが、演技を強行した。

 


5.コメント
 普段実施している演技を、普段と異なる環境で(普段の練習環境と同じように)実施したために起きた事故。

  6mのマット(+前後2m)で演技をする際に、12m四方の競技用フロアと同じように助走を取ったのでは距離が足りないことは一目瞭然。

 にもかかわらず、その可能性を予想して指導する義務があるというのは、結果責任を問うに近いのではないか。

 私立高校で指導教諭の個人責任が問題になる場合に同じ価値判断がなされたかは、正直疑問が残る。

 仮に指導教諭の過失が認められるとしても、高校生Xの過失割合が5割というのは少なすぎると考える。