読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

体操と裁判

体操経験のある弁護士が、裁判になった事案の検討を通じて、体操指導者の注意義務について考えるブログです。

⑩高校生が、授業中、マット運動のロンダート~バク転~バク転の練習中、傷害を負った事案(責任肯定)

⑩札幌地判平成13年5月25日(判タ1114号173頁)

 

1.事案の概要
 平成8年5月24日、公立高校2年生のXは、体育の授業中、ロンダート~バク転~バク転を実施した際、セーフティーマットに後頭部から落下し、頸髄損傷の傷害を負った。

 裁判所は、Y教諭の過失を認めつつ、高校生Xにも過失があるとして4割の過失相殺をした上で、知事に対する損害賠償請求を認めた。

 

2.事実の概要

⑴ 授業のカリキュラム

  • 文部省(当時)の定める学習指導要領を基本として、年間指導計画を策定し、細目として実施種目(技)を規定。
  • 実施種目は4種類(1点種目から4点種目)に区分され、3点種目は伸膝前転、後転倒立、ハンドスプリング、ヘッドスプリング、倒立歩行、4点種目はバク転、後方宙返り、前方宙返りであった。
  • マット運動のテストは、生徒が7種目を選んで連続して試技して行いうこととされた。ただし、4点種目は別個にテストをすることとされていた。
  • Y教諭は、4点種目と、3点種目の幾つかについては行う技能がなかった。

 

 ⑵ 高校生Xの事情

  • バレーボール部に所属し、運動能力が高かった。
  • マット運動に関しても、クラスで1,2を争う技量。
  • 1年生時に、授業でバク転を実施し、合格していた。
  • 2年時には、放課後Y教諭の許可を得た上で、セーフティーマットを使用し連続バク転の練習をしてかなりの確率で成功していたが、Y教諭は何の練習をしているかは知らなかった。

 

⑶ 事故までの経緯

  • 授業は2クラス合同。男子の合計は37名。
  • 1回目の授業で、テスト内容を記載した用紙を配布。ただし、4点種目の連続技を禁じるというような具体的な注意指導はなかった。4点種目を練習する者は、他の生徒から離れたステージ上で練習を行った。Y教諭は、4点種目について具体的な技術指導をしたり、練習する技の報告を求めたり、補助者を付けるよう指示することもなかった。
  • 2回目の授業で、高校生Xはバク転のテストを受け、ロンダート~バク転を実施した。
  • 3回目の授業は反復練習が行われた。
  • 4回目の授業で本件事故が発生。
  • なお、5回目の授業では同様に練習を行い、6、7回目の授業でテストを行う予定だった。

 

⑷ 事故時の状況

  • ステージ上では、セーフティマット(縦1.9m、横3m、厚さ30cm)2枚を使用し、計6人が2列で4点種目を練習していた。
  • 高校生Xは、同級生Zとロンダート~バク転を数回練習していたが、バク転を連続してどこまでできるかやってみようということになり、セーフティマット2枚を縦1列に並べ変えた。
  • なお、Y教諭はステージ上での練習内容を知らず、高校生Xも報告していなかった。
  • まず、同級生Zが試技。1回目のバク転で着地がうまくいかず、2回目に移行できなかった。
  • 次に、高校生Xが試技。ステージ上の床部分でロンダートを始め、セーフティマットに着地し、1回目のバク転、同じくセーフティマットに着地し、その場でもう一度踏切り、2回目のバク転をしたところ、後頭部から落下し、首が曲がった状態で仰向けのままセーフティマットに倒れた。
  • Y教諭はステージから12、3m離れたところにおり、セーフティマットの移動や事故の発生に気付かなかった。

 

3.注意義務
 裁判所は、

  • 体育教師は、高校2年生の年齢の生徒が自己の能力の限界を極めようと危険性を伴う高度な体育活動に及ぶ可能性のあることを容易に想像しうる、
  • 特に、高校生Xは、マット運動に対し高い能力と意欲を示しており、Y教諭もそれを知っていて、授業でもロンダート~バク転を成功させていたのであるから、さらに高次の試技に挑む意欲をもっていたことは容易に予想できる、

として、Y教諭に次の義務があり、これに違反した過失があるとした。

  • 高校生Xらに対し、授業において行うべき種目の内容をあらかじめ明確に支持するとともに、
  • それ以外に行ってはならない行動を明らかにしたうえで、
  • 新たな技を試みるときには事前に自分に申し出をさせて許可を取り、具体的なやり方等について指示を受けた上で、それに従った練習方法を採るよう指示しておくとともに、
  • 生徒らがその指示を逸脱した行為を行ったり、危険な行為を行ったりしないよう常時その動静を監視し、
  • そのような行為が行われたり、兆候が認められた場合には、直ちにその生徒の行為の注視ないし変更を指示するなどの機敏で的確な行動をとるべき義務

  

4.過失相殺

 他方、裁判所は、次の事情から高校生Xにも過失があるとして、4割の過失相殺を認めた。

 

  • 高校生Xは16歳。義務教育を終了し、成人に近い判断能力を備えており、担当教師からの明確な指示がなくても危険性を察知し、その危険から身を守ることができる年齢。
  • 事故以前に、ロンダート~バク転~バク転で失敗することもあり、危険性を認識していた。
  • セーフティマットは厚みがあり、力を吸収しやすいため、本来連続バク転の練習に不向き。高校生Xもこれを認識していたはず。
  • 先に試技を行った同級生Zが2回目のバク転の動作に入れない状況を目撃していた。
  • 連続バク転はY教諭から指示された練習項目に入っていなかったが、自己の力量を過信して試技に及んだ。
  • Y教諭に対して連続バク転の練習について報告したり、指示や補助を仰ぐことをしなかった。

 

 5.補足

 本件事故発生後、当該高校では授業でのバク転が禁止になった。

 

6.コメント
 裁判例④と⑤と同じく、体育の授業中に起きた事故であるが、両事案が力量の劣る生徒が他の多くの生徒ができる技を試みて発生したのに対し、本事案は、力量の優れた生徒が他の多くの生徒ができない技を試みて発生した点で異なる。

 しかし、教諭側に求められる注意義務は大きく変わらず、「生徒の事故発生を未然に防止する体制を整える義務」があり、生徒の自主性に任せておくことは許されないとされた。

 できる生徒には気の毒にも思うが、指導者に経験があるとは限らず、力量が大きく異なる多数の生徒を一度に見なければならない体育の授業では、危険防止のために、(当該生徒の力量にかかわらず)「授業でやってよいこと」を制限することはやむを得ないだろう。