体操と裁判

体操経験のある弁護士が、裁判になった事案の検討を通じて、体操指導者の注意義務について考えるブログです。

⑨高校生が、部活動で、跳馬の前方抱え込み宙返りの練習により、傷害を負った事案(責任肯定)

⑨横浜地判平成9年3月31日(判時1631号109頁)

 

1.事案の概要

 昭和62年11月15日、高校1年生であったXは、部活動で、跳馬の前転跳び前方抱込み宙返りの練習時に、回転途中でマットに頭から落下し、頸髄損傷等の傷害を負った。

 裁判所は、日頃練習に立ち会い、高校生Xの習熟度を把握しておくことはもとより、頭部から落下する危険があることを指摘し、事故防止のため、回転を途中で止めたり、体を抱え込む姿勢を崩したりしないよう指導する義務があったが、これを怠ったとして、顧問Aの過失を肯定した。

(なお、当該高校は県立高校で、損害賠償責任を負ったのはY県のみ)。 

 他方で裁判所は、高校生Xにも過失があるとし、40%の減額を認めた。

  

2.事実の概要

 ⑴ 体操部の状況

  • 男女の体操部があり、女子部はインターハイ常連の強豪校だが、高校生Xの所属していた男子部は初心者が多かった。
  • 男子部の部員数は、3年生3名、2年生1名、1年生4名の計8名。
  • 体操部の顧問はAのみで、男子部と女子部の顧問を兼ねていた。
  • 顧問Aは、年間指導計画を作成していたが、普段の練習に立ち会っていないことの方が多く、日常の練習は、各部員が上級生の指示に従うなどしながら自主的に行っていた。
  • ピットはない。

 

⑵ 高校生Xの事情

  • 昭和59年4月、中学入学と同時に部活動で体操競技を開始。
  • 中学時代、県レベルの大会で個人総合入賞経験あり。
  • 昭和62年4月、高校入学と同時に体操部入部。

 

⑶ 事故に至る経緯

  • 高校生Xは、昭和62年8月、合宿先のピットを使って、初めて跳馬の前転跳び前方抱込み宙返りを行ったが、肩が前に流れ、十分な跳躍の高さが得られず、背中や腰から落ちるなど着地が不十分な状態だった。
  • 高校生Xは、昭和62年9月、学校での前転跳び前方抱込み宙返りの練習を申し出た。その際、A顧問は、足の振り上げがポイントである旨を指導したが、技の危険性や、危険防止措置について指導したりすることはなかった。
  • 高校生Xは、教本を読んだり、3年生の意見を聞きながら、週1、2回の跳馬の練習時に前転跳び前方抱込み宙返りを行ったが、腰や背中から落ちたり、前のめりになったりすることが多く、足から着地できることは少なかった。
  • 高校生Xは、昭和62年10月4日の試合で前転跳び前方抱込み宙返りを実施。しゃがみこんだ姿勢ながら一応足から着地できた。
  • その後は、不安が強く練習を行わず、昭和62年11月3日の試合でも実施しなかった。
  • なお、A顧問は、高校生Xの上記練習に立ち会うことはほとんどなく、具体的指導をしたことはなかった。

 

⑷ 事故時の状況

  • 昭和62年11月15日(日)、A顧問立会いの下、画稿の体育館で練習が行われた。男子は、1年生4名と、学外練習生の3年生1名が参加。
  • 準備運動、マット運動を行った後、跳馬の練習開始。
  • 跳馬の全体練習(前転跳び等)後、各部員が個別練習に入った。
  • A顧問は、高校生Xに対し、前転跳び前方抱込み宙返りの練習を指示。
  • 高校生Xは、A顧問の前で2、3回練習したが、両足の振り上げや跳馬の突き放しが不十分で、腰から背中にかけて落ちたり、前のめりになったりする状態だった。
  • このとき、女子部員がA顧問に補助を依頼。
  • A顧問は、高校生Xに対し、「無理に回そうとせず、背中から落ちる程度の回転で良いから、回数をこなす」よう指示。
    ※この指示の有無は争われたが、裁判所は指示があったと認定した。
  • 高校生Xは、「背中から落ちるためには回転の途中で体を開き、回転を失速させる必要がある」と考え、A顧問が離れた直後にこれを実施。
  • 回転途中で意識的に体を開いたため、後頭部からエバーマットに落下した。
    ※補助がいたかは不明。

 

3.過失の有無

⑴ 一般的な注意義務の内容

 部活動では生徒の自主性が尊重されるが、体操競技においては、重大事故につながる危険性があるから、指導教諭は、生徒の一般的な技量だけではなく、生徒の当該技の習熟度を考慮し、危険性を周知徹底させるなど、事故防止のための適切な指導、監督をすべき義務を負う。 

 

⑵ 本件におけるA顧問の注意義務

 A顧問は、

  • 体操部の顧問として、日ごろ練習に立会い、高校生Xの習熟度を把握しておくことはもとより、
  • 高校生Xに対し、頭部から落下する危険性があることを指摘し、事故防止のため、回転を途中で止めたり、体を抱え込む姿勢を崩したりしないよう指導する義務

を負っていた。

→A顧問にはこの注意義務を怠った過失がある。

 

4.過失相殺(高校生Xの過失)

 次の事情から、高校生Xにも40%の過失がある。

  • 当時16歳の高校生であったこと。
  • 中学時代から体操部に所属し、体操競技につき相当の技量と経験を有していた。
  • 前転跳び前方抱込み宙返りについても、合宿で初めて試みてから自分なりに練習を重ね、一応は技の全過程をこなせる状態にあったこと。
  • A顧問から、体操競技全般に関する注意事項として、危険防止のため、回転を途中で止めず、体を抱え込んだ状態を保つよう指導を受けていたこと。
  • 事故直前のA顧問の指導についても、回転を途中で止めたり、体を抱え込んだ姿勢を崩したりしないことを当然の前提とするものであることを認識し得たが、高校生Xがこれを誤解した結果、事故に至ったこと。

→高校生Xは、前転跳び前方抱込み宙返りの練習を行う際に、自主的に安全措置を講じ、事故の発生を防止すべきであり、これを怠ったがある。

 

5.コメント

 本件も、判断枠組みは他の裁判例とほぼ同じで、危険を防止、回避する措置が十分でなかったとして、A顧問に過失が認められた。

 なお、本件では、実施時の補助体制については触れられていない。おそらく、エバーマットを持ち上げるための補助はついていなかったと思われるが、回転が足りない状態なのに、補助をつけて練習するという環境が整備されていないことが、A顧問の一番の過失ではないだろうか。