読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

体操と裁判

体操経験のある弁護士が、裁判になった事案の検討を通じて、体操指導者の注意義務について考えるブログです。

⑤ 中学生が、授業で、跳び箱の前方倒立回転跳びの練習により、傷害を負った事案(責任肯定)

⑤静岡地富士支部判平成2年3月6日(判時1351号126頁) 

 

1.事案の概要
 昭和59年2月23日、中学2年生のXは、体育の授業中、跳び箱(横置き4段、高さ約88cm)で前方倒立回転跳びを実施した際、跳び箱上部前面に頭頂部付近をぶつけ、ほぼ垂直に後方の安全マット上に落下し、第6頸髄損傷等の傷害を負った。

  

2.事実の概要

⑴ 授業のカリキュラム等

  • 昭和58年4月、中学生Xのクラスの体育をH教諭が担当。
  • 一学期の前半に、伸膝前転、伸膝後転、腕立て前転等のマット運動の授業を実施。
  • 一学期の後半に、1年生時の跳び箱の復習、水平閉脚跳び、台上前転等の跳び箱運動の授業を実施。
  • 同年5月、前方倒立回転跳びの授業を実施。しかし、生徒ひとりひとりの練習時間はかなり限られており、できるところまでで十分とされていた。
  • 同年9月、他の体育教諭が産休に入ったことを受け、同年3月に大学を卒業したT講師が採用され、中学生Xのクラスの体育の授業を担当することになった。

 

⑵ 中学生Xの事情

  • 普通より運動能力が劣っており、一、二学期の体育の成績は5段階評価の2。やや太った体格で、腕の力が乏しく、倒立も十分にできなかった。T講師はそのことを知っていた。
  • 一学期の前方倒立回転跳びの練習時には、補助をつけてようやく、台上前転で前転のため跳び箱上で腰を上に引き上げる動作ができる程度であった。

 

⑶ 事故までの経緯

  • T講師は、昭和59年2月中旬、初めて跳び箱の授業を行い、水平開脚、閉脚跳びを練習。その際、一学期の跳び箱の授業の概要や、前方倒立回転跳びをできない生徒の有無といった履修状況を確認しなかった。
  • 同月23日、跳び箱の前方倒立回転跳びの授業を実施。跳び箱は、横置き4段、横置き5段、縦置き5段が用意された。
  • T講師は、準備体操の後、自ら試技をすることはせず、跳び方の要領について注意、指導を与えず、個々の生徒の能力を確認することなく、補助者を立てることもなく、生徒に横置き4段の試技を開始させた。
  • 生徒は、跳べた者から座り、跳べなかった者はやり直すこととされた。

 

⑷ 事故時の状況

  • 中学生Xは、一度目の試技で助走して踏切版まで走っていったが、倒立する状態にまで至らず中止した。T講師はそのことを見ていたが、指導をすることなく静観を続けた。
  • 中学生Xは、T講師から試技をしなくてよいとの指示がなく、他の失敗した生徒も二度目の試技を行っていたので、再度試技を実施。
  • 二度目の試技の際、腕立てによる体重の支持ができず、低い姿勢で頭頂部付近を跳び箱上部前面に強くぶつけ、跳び箱の方に突っ込み、跳び箱を超えてほぼ垂直に後方の安全マット上に転落して倒れこんだ。
  • 中学生Xは、第6頸髄損傷等の傷害を負った。

 

3.注意義務
 裁判所は、跳び箱の前方倒立回転跳びは危険性の高い種目であるとして、指導者には

  「生徒の安全に配慮して事故の発生を未然に防止すべき注意義務」

があるとして、具体的には、

①生徒各自の能力に応じ、個別的に、かつ、安全を確かめながら、台上からの倒立回転跳び、はねあげなど段階的な練習、指導を十分すべきであるとともに、

②技能に劣る生徒に対しては自ら又は他の生徒を指導して補助すべき

であるとした。

 

4.過失の有無

 そして、T講師には、次の点で上記注意義務を尽くさなかった過失があるとした。

T講師は、 

  • 中学生Xは、第6頸髄損傷等の傷害を負った。
  • 前任のH教諭から一学期の跳び箱の授業内容の概要や各生徒のでき具合などを確認したことがなく、
  • 口頭で漠然とした注意を与えたことがあったにとどまり、
  • 前方倒立回転跳びの試技をさせるにあたっては、各生徒の技能の把握に努め、その能力に応じ、個別的、段階的な練習、指導を十分なし、かつ、中学生Xが倒立すら満足にできない生徒であるのを知っていたのであるから、
  • 自ら又は他の生徒をして倒立等を補助する注意義務があるものというべき。

 

5.コメント
事例④とよく似た事案で、判断内容もほぼ同じ。

他の事案と同様、実施者の能力に応じ段階的な練習を行うべきであるところこれを怠ったとしたもので、妥当な判決だろう。