④中学生が、授業で、跳び箱の前方倒立回転跳びの練習により、傷害を負った事案(責任肯定)
④鹿児島地判平成元年1月23日(判タ693号169頁)
1.事案の概要
昭和58年11月11日、中学2年生のXは、体育の授業中、跳び箱運動(4段、高さ約73cm)の前方倒立回転跳びを実施した際、跳び箱斜め前方に正座の変形したような態勢で落下し、右下大腿骨骨折、右足関節外傷性脱臼の傷害を負った。
2.事実の概要
⑴ 授業のカリキュラム
- 一学期にマット運動が4コマ分(授業1コマは50分)。
- 二学期に跳び箱運動が5コマ分。
- 跳び箱運動の授業予定
1、2コマ目 腕立て開・閉脚跳び
3コマ目 台上前転
4コマ目 前方倒立回転飛び
5コマ目 評価
⑵ 中学生Xの事情
- 身長160cm弱、体重約70kgの太った体格。
- 体育の能力は普通より劣っていて、一学期のマット運動の前方倒立回転跳びでは、倒立まではできたが回転ができずじまいだった。
- 指導教諭は、上記中学生Xの事情を把握していた。
⑶ 事故までの経緯
- 指導教諭は、4コマ目の授業の冒頭、前方倒立回転跳び実施のポイントについて説明した。
- 指導教諭は、跳び箱ごとに補助者2名を指名し、補助の方法について、跳び箱の両側に立ち、実施者の肩口と腹に手を当てるよう指示した。補助者は、器械運動について普通の生徒より経験があるとか、秀でているということはなかった。
- 最初は2段の跳び箱横置きを使って、1歩踏み込んで跳び箱の上で倒立し、補助者に前方回転させてもらう方法を1回練習。
- 次に、2、3歩助走して踏み切る方法で2回程度練習。
- その後、跳び箱4段横置で、助走を10mとる方法で練習。
- 中学生Xは、跳び箱が4段になってから2、3回前方倒立回転跳びを試みたが、跳び箱に手を着いて少し身体を上げるところまでしかできず、倒立の状態に至らないで中止することを繰り返していた。この時点で、中学生Xは、指導教諭から跳び方について個別に注意、指導を受けたことはなかった。
- 指導教諭は、当日午後に予定されていた研究授業の準備のため、間もなく授業現場を離れた。
⑷ 事故時の状況
- 中学生Xは、更に前方倒立回転跳びを試みたが、身体が十分上がらず倒立の状態にまで至らなかったので中止しようとした。
- しかし、補助者が中学生Xの肩と腰のあたりに手をあて、腰を持ち上げて倒立及び前方回転するような力を加えた。
- 中学生はXは、跳び箱前方に投げられたような形になり、バランスを失い、両膝を曲げて正座したような形でマットの上に着地した。
- その際、中学生Xは、右下大腿骨骨折、右足関節外傷性脱臼の傷害を負った。
3.注意義務
裁判所は、跳び箱の前方倒立回転跳びは危険性の高い種目であるとして、その指導にあたっては、
「生徒の事故発生を未然に防止すべき注意義務」
があるとして、具体的には、
①個別的、段階的指導をすべきであるとともに、
②特に倒立姿勢から着地するまでの補助が危険防止のために重要であるから、補助者にそのための補助の仕方を十分説明して体得させるとともに、
③技能が拙劣で危険性の高い生徒に対しては、場合によっては教師自ら補助を行う
などすべきであるとした。
4.過失の有無
そして、指導教諭には、次の点で上記注意義務を尽くさなかった過失があるとした。
- 一律に、高さ2段の跳び箱で数回練習させたのみで、いきなり高さ4段の跳び箱での練習に移らせ、しかも器械運動能力の劣っている生徒に対して、それまでに台上からの前方倒立回転下りなどの一般的導入練習をさせることもなかったのであって、生徒の能力に応じた十分な個別的、段階的指導をしなかった(①)。
- 中学生Xのように、第一飛躍(足の跳ね上げ)すら十分にできない生徒に対し、何ら個別的な指導をしなかった(①)。
- 補助の方法についても、第一飛躍ほ補助を指示したことは窺えるが、事故防止のためにより重要な第二飛躍(倒立から着地)の補助については、指示していないか、指示していても補助者に徹底していなかった(②)。
- 4段での練習開始度間もなく授業現場を離れ、生徒が指導教諭に対し、跳び方について指導、助言を求めることをも事実上不可能にした(③)。
5.コメント
生徒が自ら希望して行う部活動ではなく、全生徒が行う体育の授業で起きた事故であるが、部活動と同様、指導者には、「生徒の事故発生を未然に防止すべき注意義務」があり、「個別的、段階的指導」と「十分な補助体制の確立」が求められたものであり、妥当であろう。