③高校生が、部活動で、鉄棒の両脚中抜き下りの練習により、傷害を負った事案(責任肯定)
③浦和地判昭和56年8月19日(判時1023号92頁)
1.事案の概要
昭和41年8月10日、高校1年生のXは、他校での練習中、鉄棒の両脚中抜き下りを実施する直前、鉄棒から手が離れマット上に頭部から落下し、頸髄損傷等の傷害を負った。
2.事実の概要
⑴ 県立A高校体操部の事情
- 部員数15、6名。
- 事故の前年まではB教諭が顧問として実技指導を担当。
- 後任のC教諭は、日常の練習に参加することはほとんどなく、週に1、2回、5分から10分程度、練習の状況を見に来る程度であり、部員中の3年生が指導にあたっていた。
- C教諭に依頼され、A高校体操部OBで、日本体育大学4年生で体操を専攻していたDコーチが、合宿中や自身の大学休暇中等に自分の練習を兼ねて参加することがあった。
- A高校には屋内の鉄棒設備がなかった。
- 屋外の鉄棒はピット付きであったため、危険防止のために補助者を付ける旨の指導や習慣はなかった。
⑵ 高校生Xの事情
- 高校入学まで体操経験なし。
- 本件事故直前の合宿までに、両脚中抜き下りを含む鉄棒の規定演技をほぼ連続して行える程度の技量を有していた。
- 屋内で鉄棒の練習をしたことはなかった。
⑶ 事故までの経緯
- A高校体操部は、より技術的に優れているE高校との合同練習を企画。
- C教諭は外部練習に参加する意向がなく、E高校の練習環境の調査もしなかった。
- 当日は、E高校の指導も行っていたDコーチがA高校体操部を引率。
- 当日、E高校体操部の練習開始まで時間があったため、A高校のみで練習を開始。
- 鉄棒には厚さ5㎝のマット2枚を重ねて敷き、その片側に厚さ30㎝のウレタンマットを敷いた。
- Dコーチは、鉄棒について、屋内で演技する場合距離感等の感覚が変化することを説明したり、補助者を付けるよう指示することはなかった。
⑷ 事故時の状況
- 高校生Xは、床、鞍馬で準備運動を行った後、鉄棒の練習を開始。
- 一回目は、鉄棒に飛びついて身体を振る程度の運動を実施。
- 二回目は、規定演技を軽く流そうとして、正面懸垂から前に振上げをし、両脚中抜き下りに入る直前の身体の回転速度が速すぎ、鉄棒から手が離れ、ウレタンマットの敷かれていない側のマット上に後頭部から落下。
- 補助者はいなかった。
3.過失の有無
裁判所は、高校のクラブ活動では、常に教師の適切な指導が必要であるとして、顧問は、
①日頃から体操部の練習にみずから参加したうえ、部員の技術面及び安全面の指導を行なうべきであり、
②特に、校外における施設、環境のもとで練習をする場合には、そのこと自体によって、日常の練習の場合以上に危険の発生が予想されるのであるから、
i.みずから生徒を引率し、事故防止について生徒を十分に指導し、そのための安全措置をとったうえで練習を開始させるか、
ⅱ.あるいは、何らかの事情で他の者に引率指導を依頼せざるをえない場合には、事前に練習場所の状況について調査し、その者に対して、事故防止についての指導や安全措置をとるべき義務
があるとした。
そして、②について、より具体的には、
a.A高校とE高校の鉄棒の施設について、前者が屋外にあるのに対し後者が屋内にあるという環境の差異からして、演技中の感覚に違いが生ずることを部員に十分説明し、
b.演技中に墜落した場合に、A高校においては、落下面に深さ1メートルの穴におがくずが埋められていて安全が確保されているのに対し、E高校においては、マットが敷かれているだけなので、事故を避けるため事前に補助者を配置する等の措置をとるように具体的に教示し、そのような安全措置をとった後に練習を開始させるよう特段の指示をすべきであった、
と判示した。
その上で、C教諭には上記注意義務を怠った過失があり、日常と同一の練習をさせた結果、事故が発生したと認定した。
4.過失相殺
さらに裁判所は、次の事情を考慮し、高校生Xに3割の過失があるとした。
- 高校生になれば、自分の生命、身体に対する危険を予見する能力は成人に劣らないものである。特に、本件のように、体操部のクラブ活動に参加している高校生は、自分の意思で進んで危険の伴う練習をするのであるから、正規の体育の授業の場合以上に、自分の生命、身体に対する安全を保持すべき注意義務を負う。
- 技量、経験ともに未熟であったXが日常の練習と異なる環境のもとで演技をする場合には、距離感、空中感覚等の違いから、失敗の可能性が高まり、しかも、墜落した場合落下面の違いからして直ちに生命、身体に重大な危険が生ずることは当然予見できた。
- 高校生Xとしては、屋内で演技する場合の感覚に十分慣れたうえで、初めて鉄棒規定演技を行い、感覚等の違いから生ずる墜落の危険を防止すべきであったが、これを怠った。
5.コメント
本件は、通常と異なる練習環境で起こった事故であり、通常の練習環境との差異に配慮していなかったことについて注意義務違反が認められた事案である。
競技経験4か月程度の者が校外練習を行う際に、補助者を付けるよう指導していなかったという点からすれば(②b)、指導者側に過失が認められるのは止むを得ないだろう。
なお、本件判決では、部活動の顧問は、原則として常に練習に参加して技術面及び安全面の指導を行わなければならないとされた。
顧問は必ずしもその競技の経験者、指導者でないし、練習への参加を必須とすることは注意義務として非常に重いものに思われるが、事故が起きたときの責任者が生徒のみであるような状況を放置することは許されないだろうから、上記判断もやむを得ないものと思う。
そうすると、適切な顧問がいなくなった場合にどうするかが問題になる。
その部活動を廃部にするか、保険に加入して事後的な金銭賠償に備えるのか。
学校側の悩みは深いだろう。