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体操と裁判

体操経験のある弁護士が、裁判になった事案の検討を通じて、体操指導者の注意義務について考えるブログです。

②高校生が、部活動で、鉄棒の後方屈伸二回宙返り下りの練習により、傷害を負った事案(責任否定)

②広島地判昭和53年5月23日(判時911号148頁)

 

1.事案の概要

 昭和47年8月18日、高校3年生のXは、Y教諭の出身大学で鉄棒の後方屈伸二回宙返り下りを練習を行い、ウレタンマット上に頭部から落下し、頸髄損傷等の傷害を負った。

 裁判所は、

①「Y教諭が高校生Xに鉄棒の後方屈伸二回宙返り下りを練習させたこと」について、Y教諭による高校生Xの体調管理に問題がなく、高校生Xの技能が十分であり、段階を経た練習を行ってきたこと等の事情から、Y教諭の過失を否定し、

②「Y教諭が事故当時危険防止措置を採っていたか否か」についても、マットを十分使用し、補助者2名が付いていたことから、Y教諭の過失を否定した。 

 

2.事実の概要

⑴ 高校生Xの事情

ア 体操経験

・昭和47年(高校3年)6月、インターハイ県予選個人総合1位、種目別鉄棒1位。

・昭和47年7月ころ、インターハイ個人総合2位。

・昭和47年8月、国体県予選個人総合2位、種目別鉄棒1位。

 

イ 鉄棒の後方屈伸二回宙返り下りの修得段階

・昭和47年(高校3年)3月、後方抱え込み二回宙返り下りの練習を開始。

・昭和47年6月、同技を修得。

・昭和47年7月上旬ころ、屈伸二回宙返り下りの練習を開始。

・昭和47年8月12、13日、国体県予選の種目別鉄棒で同技を実施。尻餅。

 

⑵ 事故までの経緯

・昭和47年8月16日、全日本ジュニアに出場するため、Y教諭運転の自動車で東京に向けて出発。車中泊

・翌17日、コンディション調整のためY教諭の出身大学である名古屋の中京大学で軽い練習。

・翌18日朝の時点で、Xの睡眠、食事、練習状況からみて体調に問題があったことが窺われる事情なし。

 

⑶ 事故時の状況

昭和47年8月18日、高校生Xは、中京大学体育館で、床30分、平行棒30分の練習を行い、鉄棒の練習を開始。

・全習(おそらく規定演技の通し練習の意)を2回程度実施。

・自由演技の分習の中で後方抱え込み二回宙返り下りを2、3回実施。成功。

・Y教諭と相談の上、全日本ジュニアで実施する予定の後方屈伸二回宙返り下りを実施。

・回転不足のため頭から落下。

 

3.過失の有無

⑴ Y教諭が高校生Xに鉄棒の後方屈伸二回宙返り下りを練習させたこと

 危険を伴う体操競技において、指導者は、未成年である高校生が度を超えた技を試みることがないよう、十分自戒しなければならない。

  しかし、次の事情から、Y教諭が高校生Xに後方屈伸二回宙返り下りを練習させたことについて過失はない。

①高校生Xは(優秀な競技成績を収める)素質と技能を有していたこと

②段階を経て練習を重ねていたこと

③高校生Xは、昭和47年8月上旬ころには、鉄棒の後方屈伸二回宙返り下りをほぼ習得していたという段階にあったこと

  また、事故時の高校生Xの体調、練習状況に照らしても、(普段と異なる)中京大学の体育館で練習させたことについて、Y教諭に過失はない。

 

⑵ Y教諭が事故当時危険防止措置を採っていたか否か

 事故時、鉄棒の下には、公式用マット(厚さ5㎝)2枚を重ね、その上にウレタンマット(厚さ30㎝)を敷いており、高校生Xはその上に落下した(マットを敷いた位置も適切だった)。

  また、補助者2名が鉄棒の両側の支柱に立ち、Y教諭が見ていたが、高校生Xは頭から落下してきたため、補助者が抱きとめるすべがなかった。

  したがって、危険防止措置が不十分であったとはいえない。

 本件事故は、Y教諭において予期し難い突発事故であったというほかない。

 

4.コメント

 本件は、通常の練習場所と異なる場所で、車中泊を伴う移動後の練習で起きた事故であるが、①高校生Xの従前の競技成績、②事故が起きた技の段階的な練習を経ていたこと、③事故時までにほぼ技が完成していたこと等から、Y教諭の過失が否定された。

 過去に成功している技を一度失敗して事故が起きた場合に過失が認定されれば、事故の発生=過失あり、という結果責任を問うことになってしまう。

 本人と両親の心中は察するが、 結論としては全く妥当だろう。

 指導者としては、段階を追った技の修得と、修得段階に応じた練習環境に配慮することがポイントとなるものと考える。