体操と裁判

体操経験のある弁護士が、裁判になった事案の検討を通じて、体操指導者の注意義務について考えるブログです。

⑦高校生が、部活動で、ミニトランポリンの前方二回宙返りの練習により、傷害を負った事案(責任肯定)

⑦浦和地判平成3年12月13日(判時1435号109頁)

 東京高判平成7年2月28日(判タ890号226頁)

 

1.事案の概要

 昭和60年7月20日、高校2年生であったXは、部活動で、ミニトランポリンを用いた前方二回宙返りの練習時に、開くタイミングが早すぎマットに頭から落下し、頚椎脱臼等の傷害を負った。

 裁判所は、(一審、二審とも、)当該体操部の状況からして、部員が危険性の高い技の練習を試み、重大な傷害事故が発生する危険性があることを予見できたにもかかわらず回避措置をとらなかったことをもって、顧問Aの過失を肯定した。

(なお、当該高校は県立高校で、損害賠償責任を負ったのはY県のみ)。 

 他方で裁判所は、Xにも過失があるとし、一審は6割、二審は4割の減額を認めた。

 

2.事実の概要

※本件は、二審の方が事実認定が丁寧で、かつ一審と違う認定をしているわけではないので、以下の事実概要は基本的に二審判決による。

 

⑴ 体操部の状況

  • 事故当時、部員数は男女併せて20名程度。練習に参加する男子部員は多くて4、5名。
  • 大会で入賞するような部員は卒業し、残った部員の多くは高校から体操を始めた者ばかり。
  • 体育教師Aが顧問。顧問Aの指導意欲は低下しており、自ら実技指導をしたり、危険防止について具体的な指導を行うことはなく、講師Bに専ら初心者である1年生部員の指導を依頼。
  • 講師Bは、昭和60年3月に日本体育大学を卒業し、同年4月から非常勤講師として赴任。体操実技は大学入学後始めたばかりで、教員採用試験を受けるため自己の練習をしていることも多かった。

 

⑵ 高校生Xの事情

  • 中学時代慢性腎炎に罹患し、運動部所属経験無し。
  • 高校入学後約半年経った昭和59年9月、体操部入部。
  • 事故当時、入部後約11か月。
  • 初心者に近く、規定演技を連続して行えなかった。

 

⑶ 事故に至る経緯

  • 高校生Xは、昭和59年12月ころから、空中感覚を養うため、見よう見まねでミニトランポリンを用いた練習を始めた。
  • 高校生Xは、昭和60年7月ころまでに、ミニトランポリンで前宙や前宙伏臥を何とかこなせるようになっていた。
  • 高校生Xは、同月19日、前方二回宙返りを試みようと3年生部員にやり方を尋ねたところ、「抱え込んじゃえば回っちゃうよ」といった程度のアドバイスを受け、他の部員の補助なく練習を開始。最初は背中から落ちていたが、約10回の練習後は尻餅をついて止まる程度になった。
  • 翌20日は終了式後の午前11時から練習することが部員間で決められ、顧問Aもこれを了解した。

 

⑷ 事故時の状況

  • 昭和60年7月20日、高校生Xは、準備運動後、他の部員2名を誘い、 前方二回宙返りの練習を開始。
  • その際、A顧問は教官室に入ったままで顔を出さず、B講師もまだ練習に姿を見せておらず、部員間で補助につくこともなかった。
  • 他の部員2名は危険を感じすぐに練習を中止。
  • 高校生Xは練習を続け、開いた姿勢で着地しようと二回転目の途中で膝と腰を伸ばそうとしたところ、回転力を失い頭部から落下。頚椎脱臼骨折、頸髄損傷の障害を負った。

 

3.過失の有無

※こちらも二審の判断の方が丁寧で、かつ一審と矛盾するものではないので、二審判決による。

 

⑴ A顧問の義務

  • 体操競技は危険性が高いところ、指導教諭は、生徒の習得状況を監視し、かつ適切な指導を与え、もって危険を防止し、安全措置を講じなければならない。
  • A顧問は、 日頃から体操部の練習に参加して、各部員に応じた練習実施計画を立て、指導監督し、また、自己に代わる実技指導者や補助者をつけるなど、事故防止に努めるべき立場にあった。

⑵ A顧問の過失

  • A顧問は、日常の練習にほとんど立ち会わず、実技練習計画は掲示したものの、具体的に実施徹底させる指導はせず、危険防止のための指導もすることなく、部員の自主的判断に任せていた。
  • A顧問は、全くの初心者である1年生部員の指導はB講師に依頼していたが、B講師に対して事故防止や安全面の指導をするように指示したことはなかった。
  • A顧問は、事故発生当日、午前11時から練習があることを知っていたが、開始後も立ち会って状況を監視することはなかった。
  • そのため、A顧問は、高校生Xが、危険性の高い技の練習を試みるのを察知することができず、練習を止めることもできなかった。
  • また、仮に練習をさせるにしても、A顧問は、補助者を付けることで衝撃を緩和し、重大な結果を回避できることを予測できたはず。

→A顧問には、事故の発生につき、A顧問のなすべき体操競技に伴う危険防止、安全措置を講ずべき義務を怠った過失がある。

 そして、A顧問はY県の公務員であるから、Y県は高校生X(とその両親)に損害賠償責任を負う。

 

4.過失相殺(高校生Xの過失)

  • 前宙、前宙伏臥を何とかこなせる程度の高校生Xが、より難度の高い前方二回宙返りを補助なく実施すれば重大な危険が生じることは、高校2年生の体操部員の判断能力をもってすれば予見できた。
  • 高校生Xとしては、練習を中止するか、A顧問、B講師の許可を得て、他の部員の補助を求め、頭部から落下する危険を防止するよう自発的に努めることができた。

(一審)6割の過失相殺

(二審)4割の過失相殺

 

5.コメント

 本件は、判断枠組みは他の裁判例と同じで、事故発生時の「危険を防止する措置」が十分でなかったとして、A顧問に過失が認められた。

 事案としては、

  • 顧問でない新人教師が配置されていたこと
  • その教師が事故時に当該生徒を見ていなかったこと
  • 生徒が補助なく実施したこと
  • 二回宙返りであること

など、裁判例①に近いが、同事案は7割の過失相殺が認められたのに対し、本事案(の二審)で4割の過失相殺に留まったのは、

  • 本人の体操経験の違い(より経験のある者のほうが、危険性を判断する能力が高いこと)

によるものだろう。

 個人的には、ピットでない場所で、補助なくいきなり2回宙返りの練習を始めるという「恐怖心のなさ」に驚くが、指導者としては、そのようなことが起こり得ることを想定し、「危険を防止する体制」を整える必要があるという判断はやむを得ないだろう。