体操と裁判

体操経験のある弁護士が、裁判になった事案の検討を通じて、体操指導者の注意義務について考えるブログです。

①高校生が、部活動で、吊り輪の後方二回宙返り下りの練習により、傷害を負った事案(責任肯定)

 ①山形地判昭和52年3月30日(判時873号83頁)

 

1.事案の概要

 昭和43年7月1日、高校1年生のXは、部活動で、吊り輪の後方ニ回宙返り下りの練習を行い、床に敷かれたセーフティ・マット上に頭部から落下し、頚椎脱臼の傷害を負った。

 裁判所は、Y高校等の安全保持義務違反を認めつつ、Xにも「危険な行為を避け、自らの生命、身体の安全を保持すべき義務」に違反した過失があるとして、過失相殺を認め、損害額を7割減額した。 

 

2.事実の概要

⑴ Y高校・体操部の事情

・Y高校の体操部は部員約20名弱。

・部員は3班に別れて練習。

 ①レギュラーグループ

 ②1年生グループ+3年生1名(指導役)

 ③1年生グループ+3年生1名(指導役)

・顧問は病気療養中で、事故年の3月に大学を卒業した副顧問が練習を見守っていた。

・副顧問は中学校時代に体操経験があった。

・Y高校では、新たな技を練習する際、指導担当教師に告げてからするというシステムにはなっていなかった。

 

⑵ 高校生Xの事情

・事故時16歳、高校1年生。

・中学校時代、体操に親しんでいたが(具体的にどのような内容かは不明)、吊り輪を本格的に始めたのは高校入学後で、事故時までの経験期間は約2か月余り。

・事故の数日前から、指導担当の3年生Aより二回宙返下りの練習を勧められていたが、自信がなく実行しなかった。

・後方二回宙返り下りの練習をするにあたり、トランポリンや補助ベルトを使用した練習をしたことはなく、事故時が初めての実施だった。

 

⑶ 事故時の状況

・練習場所は自校の体育館内。

・高校生Xのグループには指導担当Aがついた。Aは後方二回宙返り下りを実施することができなかった。

・副顧問は大会(国体予選)に出場するレギュラーグループについており、Xが新技を練習する様子を見ていなかった。

・指導担当Aは、数日前から高校生Xに後方二回宙返り下りの練習を勧めていた。

・つり輪の下には、厚さ15㎝のマットを2枚重ね、その上に厚さ30㎝のセーフティーマットを重ねて敷いていた。

・補助者として、指導担当Aと同じグループの1年生Bがついた。

・高校生Xは、一回半程度しか回転できず、セーフティーマットに後頭部から後頸部にかけての部分があたるように落下し、頚椎脱臼の障害を負った。

  

3.過失の判断

⑴ 注意義務の内容

・不測の事故の発生を未然に防止し生徒の生命、身体の安全を保持すべき義務。

 ・具体的には、

 下級生のみで編成された他のグループに対する安全配慮義務として

 ①技術的にも精神的にも優れた上級生ないし他の適当な指導教師を配するか

 ②自らこれにあたる等の措置をとってこれを監督する義務

があり、Y高校の履行補助者である副顧問はこれを怠ったとされた。

 

⑵ 過失相殺

・失敗した場合に直ちに生命、身体に重大な危険が生ずることの予見は十分できた。

・自らの責任と判断で危険な行為を避け、自己の生命、身体の安全を保持すべき義務を負っていた。

・高校生Xの過失は7割。

 

4.コメント

本件では、事故を防止する体制が整っていないことをもってY高校等の過失が認定された。

新任の副顧問には酷かもしれないが、(宙返り系の)新しい技の練習を各部員が自由に行っていたということから、学校側の過失が認められたこと自体はある程度やむを得ないだろう。

 

他方で、高校生Xにも7割の過失があるとされた。

その背景には、

①一応の経験のある者が、②十分な練習過程を経ずに、③自らの判断で実施した

という評価があるものと思われる。

 

特に②。

ピットがなくても、トランポリンで二回宙返りの練習をした上で、セーフティーマットを持ち上げて十分な回転力がついているか確認するなど、やり方は色々あったはず。

 

学校側も生徒側も、「怪我をしにくい練習」をする意識が欠けていた点が事故につながり、法的にも「過失」と判断されたものと思う。